なんとなく、Musicology: The Key Concepts (Routledge) の気になった項を訳してみる。自分の勉強になると思われるから。
RECORDING
録音(recording)というのは、19世紀からずっと音楽と特別な関係を持つようになった考え方である。音を録り、再生するという電子的な手法が生まれたことは、楽譜のない(non-notated)音楽の研究や分析に重大なインパクトをもたらした。それはポピュラー音楽やジャズ(アイゼンバーグ 1988、クック 1998b参照)、民謡、そして非西洋音楽も含んでいる。
録音技術という存在は民族音楽学の成立においてさえも重要な役割を担っていた。すべての音楽を録音することは政治的・社会的・そして文化的な結果だったのだ――近頃では所有権や著作権の問題が生じてきてしまっているが(アタリ 1985、カイル&フェルト 1994、ヘズモントハルフ 2000)。録音という存在は演奏の歴史を研究する(フィリップ 1998)、学者が正当性という考え方を再評価できる(タルスキン 1995、235-61参照)、そういった可能性を生み出したのである――録音の歴史が始まったというだけではないのだ(Chanan 1995)。1940年代、50年代からは、スタジオが作曲のツールとして使われるようになった――それは新しい音楽の形式、ジャンル、そして、たとえばサンプリングのような技術を導き出すものだったのだ(Hebdige 1987、Metzer 2003参照)。特定のタイプの音楽――たとえばセリアリズムのような――は録音され、放送メディアが支え、維持した。それは聴衆の趣味に影響を与えるのに効果的な特色を持っていた(Doctor 1999)。録音は様々な種類の音楽の混合を導き出した。それは1960年代後半のポピュラーミュージックやジャズに前衛的な技法が入り込んでいったことからも確かめられるだろう。ビートルズのように、ライヴ演奏を捨てて、録音という形式を好むミュージシャンたちもいた。しかしながら、録音は多くの問題ある理論上の問題を生じさせた。そのいくつかを以下に概述しよう。 1930年代の終り、ドイツの批評家ヴァルター・ベンヤミンとテオドール・アドルノの間に、画像と音声を再生産するのに使用されるテクノロジーというテーマについて議論が起こる。ベンヤミンは、自身の論文『複製技術時代の芸術作品』において、彼が映画と絵画との間に感じ取った違いを概述し、その後にアドルノがこの違いを音楽に適用した。絵画が崇敬と畏怖によってアプローチされ、オリジナルな芸術作品の権威に置かれてる価値から結果する場所において、映画と写真において、ベンヤミンが言うには、複製技術は伝統的な美学によって形成される受容という礼拝的なモードから対象を消し去る。ベンヤミンは、自分が「時代遅れのもの」と見なしたもの、たとえば創造性や才能、永遠の価値やオリジナリティといったものと関係していたのだ。複製技術は価値下落という結果、あるいは権威やオリジナリティ(彼が「アウラ」と呼ぶもの)の喪失であるという事実はそれが要求している「伝統のとてつもない粉砕」という可能性によって相殺された。映画は広い観客に辿りつくことができるという事実はまたベンヤミンに取って魅力的なものだった。しかしながら、彼は映画においては静観は気晴らし――それによって彼は、ナチのプロパガンダという場合に起こったような、政治的な操作に開かれた受容の形と言うわけだが――によって取って代わると言う。 一方アドルノは、むしろ録音された音楽に向けられたそのような問題の枝分かれに関係しており、彼の1930年代末のプリンストン大学ラジオプロジェクトとの仕事は録音された音の、異なるタイプの聴取や聴衆を形成することに影響することへの興味を導き出した。彼の論文『音楽の物神的性格と聴取の退化』において、彼は、録音が必需品になるだろう、そして資本主義の生産モデル(画一化)は聴取の慣習を退化させる効果を持つだろう、少なくともクラシック音楽を聴きやすいものにすることによって、という自身の興味を概述する。ジョン・モウィットがコメントするように、「アドルノは妙にベンヤミンのプロレタリアート化された公衆に対する前衛という古典的な孤立を好んだ」。アドルノはまた録音が音楽を普遍的だが石化してしまってる、テクストという形として保存し、ある場合には、演奏は、完璧さというバーバリズムによって、録音された状態に参加するかもしれないということを示す(ここで彼はイタリアの指揮者アルトゥーロ・トスカニーニを想定している) これらの話題がごく最近の学問とまだ関係を持っているというのは音楽学者アダム・クリムスの仕事で明らかだろう。彼は生産技術とレコード会社が異なった私的・公的な空間に――たとえば、「ライフスタイルストア」において使用されるベートーヴェンの作品に自然音を付け加えた録音、あるいは「Mozart for Dinner」や「Bach for Relaxation」といったようなコレクション――音楽を提供するためにクラシックとポピュラー音楽が再包装されたことから結果した新しい音楽聴取のモードに注意を引いたのである。「全く新しくなく、価値がないものは、室内装飾と〈ライフスタイル〉というアクセサリーによって成功したこれらの録音というクロス・マーケティングであり、そしてとりわけ室内のリビングスペースという側面としてのクラシックの録音にターゲットを絞っているのだ。」 言い換えれば、クラシックの録音は室内空間をデザインするために使われるのだろう。これらの録音は生の演奏会の経験に似せようとはせず、「プライベートな、屋内で聞くために作られており、その、典型的な場所といったような状況にするのだ」。この結果、音楽はデコレーションとして使われ、またショッピングセンターやバー、ダンスクラブのような特定の場所で売られるものとなる。ここにおけるクリムスの主張――録音された音楽は都市空間を変えうる、商品とサーヴィスの消費を影響を及ぼしうる――の他の側面は、聴衆の反応が同等に変化に対して敏感ということである。すなわちポップソングの遍在性はその受容に対して有害だろうし、それは聞く主体のアイデンティティという意味を形成し、それによって形成されるのだ。
さらに興味がある人は:
Engh 1999
Gilbert and Pearson 1999
Gronow and Saunio 1998
Kahn and Whitehead 1992
RECORDING
録音(recording)というのは、19世紀からずっと音楽と特別な関係を持つようになった考え方である。音を録り、再生するという電子的な手法が生まれたことは、楽譜のない(non-notated)音楽の研究や分析に重大なインパクトをもたらした。それはポピュラー音楽やジャズ(アイゼンバーグ 1988、クック 1998b参照)、民謡、そして非西洋音楽も含んでいる。
録音技術という存在は民族音楽学の成立においてさえも重要な役割を担っていた。すべての音楽を録音することは政治的・社会的・そして文化的な結果だったのだ――近頃では所有権や著作権の問題が生じてきてしまっているが(アタリ 1985、カイル&フェルト 1994、ヘズモントハルフ 2000)。録音という存在は演奏の歴史を研究する(フィリップ 1998)、学者が正当性という考え方を再評価できる(タルスキン 1995、235-61参照)、そういった可能性を生み出したのである――録音の歴史が始まったというだけではないのだ(Chanan 1995)。1940年代、50年代からは、スタジオが作曲のツールとして使われるようになった――それは新しい音楽の形式、ジャンル、そして、たとえばサンプリングのような技術を導き出すものだったのだ(Hebdige 1987、Metzer 2003参照)。特定のタイプの音楽――たとえばセリアリズムのような――は録音され、放送メディアが支え、維持した。それは聴衆の趣味に影響を与えるのに効果的な特色を持っていた(Doctor 1999)。録音は様々な種類の音楽の混合を導き出した。それは1960年代後半のポピュラーミュージックやジャズに前衛的な技法が入り込んでいったことからも確かめられるだろう。ビートルズのように、ライヴ演奏を捨てて、録音という形式を好むミュージシャンたちもいた。しかしながら、録音は多くの問題ある理論上の問題を生じさせた。そのいくつかを以下に概述しよう。 1930年代の終り、ドイツの批評家ヴァルター・ベンヤミンとテオドール・アドルノの間に、画像と音声を再生産するのに使用されるテクノロジーというテーマについて議論が起こる。ベンヤミンは、自身の論文『複製技術時代の芸術作品』において、彼が映画と絵画との間に感じ取った違いを概述し、その後にアドルノがこの違いを音楽に適用した。絵画が崇敬と畏怖によってアプローチされ、オリジナルな芸術作品の権威に置かれてる価値から結果する場所において、映画と写真において、ベンヤミンが言うには、複製技術は伝統的な美学によって形成される受容という礼拝的なモードから対象を消し去る。ベンヤミンは、自分が「時代遅れのもの」と見なしたもの、たとえば創造性や才能、永遠の価値やオリジナリティといったものと関係していたのだ。複製技術は価値下落という結果、あるいは権威やオリジナリティ(彼が「アウラ」と呼ぶもの)の喪失であるという事実はそれが要求している「伝統のとてつもない粉砕」という可能性によって相殺された。映画は広い観客に辿りつくことができるという事実はまたベンヤミンに取って魅力的なものだった。しかしながら、彼は映画においては静観は気晴らし――それによって彼は、ナチのプロパガンダという場合に起こったような、政治的な操作に開かれた受容の形と言うわけだが――によって取って代わると言う。 一方アドルノは、むしろ録音された音楽に向けられたそのような問題の枝分かれに関係しており、彼の1930年代末のプリンストン大学ラジオプロジェクトとの仕事は録音された音の、異なるタイプの聴取や聴衆を形成することに影響することへの興味を導き出した。彼の論文『音楽の物神的性格と聴取の退化』において、彼は、録音が必需品になるだろう、そして資本主義の生産モデル(画一化)は聴取の慣習を退化させる効果を持つだろう、少なくともクラシック音楽を聴きやすいものにすることによって、という自身の興味を概述する。ジョン・モウィットがコメントするように、「アドルノは妙にベンヤミンのプロレタリアート化された公衆に対する前衛という古典的な孤立を好んだ」。アドルノはまた録音が音楽を普遍的だが石化してしまってる、テクストという形として保存し、ある場合には、演奏は、完璧さというバーバリズムによって、録音された状態に参加するかもしれないということを示す(ここで彼はイタリアの指揮者アルトゥーロ・トスカニーニを想定している) これらの話題がごく最近の学問とまだ関係を持っているというのは音楽学者アダム・クリムスの仕事で明らかだろう。彼は生産技術とレコード会社が異なった私的・公的な空間に――たとえば、「ライフスタイルストア」において使用されるベートーヴェンの作品に自然音を付け加えた録音、あるいは「Mozart for Dinner」や「Bach for Relaxation」といったようなコレクション――音楽を提供するためにクラシックとポピュラー音楽が再包装されたことから結果した新しい音楽聴取のモードに注意を引いたのである。「全く新しくなく、価値がないものは、室内装飾と〈ライフスタイル〉というアクセサリーによって成功したこれらの録音というクロス・マーケティングであり、そしてとりわけ室内のリビングスペースという側面としてのクラシックの録音にターゲットを絞っているのだ。」 言い換えれば、クラシックの録音は室内空間をデザインするために使われるのだろう。これらの録音は生の演奏会の経験に似せようとはせず、「プライベートな、屋内で聞くために作られており、その、典型的な場所といったような状況にするのだ」。この結果、音楽はデコレーションとして使われ、またショッピングセンターやバー、ダンスクラブのような特定の場所で売られるものとなる。ここにおけるクリムスの主張――録音された音楽は都市空間を変えうる、商品とサーヴィスの消費を影響を及ぼしうる――の他の側面は、聴衆の反応が同等に変化に対して敏感ということである。すなわちポップソングの遍在性はその受容に対して有害だろうし、それは聞く主体のアイデンティティという意味を形成し、それによって形成されるのだ。
さらに興味がある人は:
Engh 1999
Gilbert and Pearson 1999
Gronow and Saunio 1998
Kahn and Whitehead 1992
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