呼びかけると
えらそうになってしまう。
平静を装うと
こわばってしまう。
簡単に書こうとすると
詩のようになってしまう。
これは詩ではない。
すごくよく分かる。
たとえば誰か特定の人のことを言っているわけじゃなくて、
一般論を述べるときの感覚。
そういうとき、ぼくはひどく饒舌になってしまう。
「何を言ってもいい」という、万能感に包まれる。
それはあまり良いものではないのかもしれない。
けど、注意が必要なのは、
口では「あなた」と二人称で呼びかけていても、
うっかり空中に話しているときがある
ということだ。
まずはそれに気づくことから。
えらそうになってしまう。
平静を装うと
こわばってしまう。
簡単に書こうとすると
詩のようになってしまう。
これは詩ではない。
岡田 なぜ校長先生の話はつまらないのか。「空中に話す」っていう感覚、
それは誰に向けても話していないからだと。
話法には三つあるそうです。
「みんなに話す」
「あなたに話す」
「空中に話す」。
校長先生はずっと空中に話してるんですね。
内田 空中ってのはおもしろいね。
岡田 ほとんど独り言なんです。
内田 でも、ぼくもほとんど空中に話してる(笑)。
話してるうちに、だんだん目線が上にいっちゃうんだよね。
(内田樹・岡田斗司夫『評価と贈与の経済学』より)
すごくよく分かる。
たとえば誰か特定の人のことを言っているわけじゃなくて、
一般論を述べるときの感覚。
そういうとき、ぼくはひどく饒舌になってしまう。
「何を言ってもいい」という、万能感に包まれる。
それはあまり良いものではないのかもしれない。
けど、注意が必要なのは、
口では「あなた」と二人称で呼びかけていても、
うっかり空中に話しているときがある
ということだ。
まずはそれに気づくことから。
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